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MV AGUSTA F4のことを中心に、バイクの日記や整備記録的なことを書いています。



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バイクに乗って20年
ふと気づきました。

私は今年でバイクに乗り始めて20年目にあたります。

もう20年・・・ずいぶん変わったなあと思いながら、いろいろ思い返しつつ、調べつつ書いてみました。


1995年当時・・・
1月:阪神・淡路大震災
3月:地下鉄サリン事件
4月:1ドル=79.75円

いわゆる「バブル景気」は終わり、景気減退期に差差し掛かってはいるものの、今よりまだまだ元気があった時代だったように感じます。

とはいっても、バブル対策の失敗で政治は不安定になっていたり、ある意味現在までに至る政治や経済の混乱の初期にあたる時期だったようにも見えます。

そしてスポーツでは野茂がメジャーに挑戦した年でもあったり。
エヴァンゲリヲンが放送されたり。
Windows95が発売されたり。
ポケベル全盛期だったり。

今思えば・・・今の時代程の個性が社会的に許容されていなかったこともあってか、若者達は「個性」というものに拘り始めていたように感じますね。
一方で、社会全体がまだまだ優しい感じもあり、なんだかのんびりしていたような気がします。

ともあれ、今とは全然違う時代でしたね。

情報も今ほどネットは発達してなく、情報は雑誌と口コミだけの時代でした。
当然、バイクをテレビで取り上げるなんて、悪い話以外にはなかったですしね。



で、バイク界のほうを調べてみますと・・・・

まずはWGP

500ccクラスは
1 ドゥーハン(ホンダ)
2 ビーティー(スズキ)
3 カダローラ(ヤマハ)

ちなみに日本人選手は伊藤真一(5位)、ノリック(9位)でした。

250ccクラスは
1 ビアッジ(アプリリア)
2 原田(ヤマハ)
3 ウォルドマン(ホンダ)

125ccクラスは
1 治親(ホンダ)
2 坂田(アプリリア)
3 アルサモラ(ホンダ)

どのクラスにも日本人がいて「これから!」って時代でしたね。

日本GPのほうは(チャンピオンのみ)。。。

SB:拓磨(ホンダ)
250:沼田(スズキ)
125:宇井(ホンダ)


バイク市場を調べてみると、バイクの販売台数は121万台(2013年は41万台)で、今の3倍くらいは売れてたようです。

バイク市場は暴走族達が減少し、走り屋達も減少していってた時代。

社会的には現在の

「バイク?何それ?」的な空気より
「バイク?不良?危ない!!」って感じだったような。

80年代に言われてた「三ない運動」の影響もあったのでしょう。
今時だとこんな運動なんて許容されないと思いますけどね。

そんなこんなで、今思えば、当時のバイクって、今よりも存在感があったように思います(良し悪しは別)。
今はなんか存在自体が薄えているような・・・・


当時の中型排気量のラインナップは、今から考えたらありえない豪華な顔ぶれです。

250ccのラインナップ

まずはレーサーレプリカ(SS)
ホンダ、ヤマハ、スズキはそれぞれ2サイクルのマシンをラインナップしてました。
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Yamaha20TZR20250R2091.jpg

1992_RGV250_blwhite_630.jpg

当時は規制があって40馬力に抑えられていました。
・・と言っても装備重量は150kg程度にちょっとカスタムすれば50馬力近くになるという今考えれば恐ろしいスペックです。

4サイクルのほうも、今からしたら恐ろしい・・・
全てのメーカーが4気筒を揃えて、45馬力(規制前)を叩き出してます。
一応FZR250やGSX-R250もありましたが、

この2台は18000回転以上回るという恐ろしいエンジン。
2014032117263764f.jpg

zxr250_199302.jpg

レーサーレプリカ全盛期は去ったとはいえ、峠に行けば元気な若者達が走り回ってました。

空き缶を膝に付けて、ヘルメットデュフューザーを付け、
ワイドナックルとか耐久カウルとかつけて走り回ってる若者も全く珍しくありませんでした。
p1.jpg

vfr3.jpg
rgv01.jpg

でも、レプリカだけでなく、ネイキッドもそれぞれあったし、選択肢がたくさんあった頃です。


当時最も主流だった400ccクラスのレプリカも充実。

250.jpg

fzr400r_1989.jpg

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Kawasaki_ZXR400_1999.jpg

ネイキッドも各社個性も異なるマシンをラインナップさせてました。
cb400sf.jpg

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xepher400.jpg


しかし、もはやこの頃になるとレプリカやネイキッドではなく、新しいタイプのバイクが台頭してきています。

スティードに代表される中型アメリカンや・・
481a3ca8.jpg

ビジネスにも足にもカスタムにも優れる大型スクーター
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そして当時、最強の名前を欲しいままにしていたメガスポーツ
KAWASAKIZZR1100D-2568_1.jpg

バイクに新しいスタイル拡大していった時代でもあったと思います。


1996年・・・
免許制度が変わり、限定解除が大型自動二輪として教習所で取得できるようになりました。
その後中型排気量以下のバイクはどんどん衰退していきます。

一方でノリックがWGP500ccクラスで優勝。
「いよいよ日本人がトップカテゴリーの世界王者になる日も近い」と予感させる出来事でした。

ちなみに私はこの年にVJ23Aを購入しています。

1998年・・・
この年にWINDOWS98が発売されました。
以降爆発的にネットが普及し始めることになります。


1999年
全ての2stレプリカの生産が終了
また、排ガス規制や騒音規制により、生産終了するマシンが急増していきます。


そしてこの年に登場したのが・・・

YAMAHA YZF R-1
yamaha-r1.jpg

このマシンは、当時750ccのレーサーレプリカが主流だった大排気量スポーツバイク界にあって、衝撃的な登場でした。
当時1000ccのマルチが走っているレースカテゴリーはなかったので、レーサーの「模倣」ではないわけです。
今年のKAWASAKIのH2のような感じに近いですかね。
この車体から「SS」という概念(呼称)が定着しました。

そしてもう一台。

GSX1300R Hayabusa(隼)
4-28-1_2015041323515657d.jpg

ついにノーマルで300km/hを突破したマシンですね。
各メーカーのスピード競争に終止符を打ったマシンでもあり・・・
当時のホンダのCBR-1100XXやZZR-1100の引導を渡したマシンでもあります。

この異様とも言える風貌と、圧倒的な動力性能を持ちながら、
優れた直進安定性と素直なハンドリングで扱いやすいという・・・
まさに理想のようなマシンでした。

当時「ツアラー」という言葉で呼ばれていたこのジャンルに
「メガスポーツ」とか「メガクルーザー」なんて言葉も生まれたきっかけになったマシンですね。



あと、この頃くらいからこのバイクが流行ってましたかね。
どこぞのタレントが何だかというドラマで乗ったから流行ったとか。
2.jpg

あとはモタードなんかもこの頃に流行り始めていたと思います。
76102910179.jpg

大型免許の導入によって、海外からのバイクも増えました。
もちろんハーレーが一番なんですけど、BMWやDUCATIもどんどんと増えていってましたね。

それに反比例するように中型以下のマシンは減っていきました。


2001年
全国でETC開始
といっても、やっぱり2輪に対しての配慮はなかったですね。

ちなみに私はこの年にDUCATI748を購入

2002年
WGPに4st1000ccが導入され、MotoGPとなります。
この年からKAWASAKIがMotoGPに参戦




2003年
加藤大治郎氏他界
kato-250cc-world-champion.jpg

衝撃的でした。
これ以降、世界の頂点を目指せるような日本人ライダーは登場していません。
それどころか、選手も減少の一途に向かいます。

2004年
WSBの4気筒が1000ccとなります。
これはR-1の登場によって世界が変わったということでしょう。
また、これによってオートバイレースのトップカテゴリーは全て1000ccとなり(ツインを除く)、以降のスーパースポーツは全て1000ccを基準に開発されていきます。

そして125cc世界チャンピオンの治親がオートレースに転向。
50815-aoki_FM.jpg

世界王者が。。。
個人的に衝撃的でした。


2005年
自動二輪車高速道路二人乗り解禁

これはある意味事件と感じました。
何故なら、日本ではバイクは危ない乗り物として定着しており、これに対する規制は強くなることはあっても緩和されることなんてないと思っていたからです。

販売には大して影響しないと思いますけど。

2006年
二輪車の駐車違反取締り強化
ほらね、やっぱり。

駐車場もないのに駐車できるか。

2007年
阿部 典史氏、沼田 憲保氏他界
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大治郎に続きノリックまでも・・・・・

また、この年のMotoGPのチャンピオンマシンは1974年(MVアグスタ)以来続いていた日本製のマシンではなくDUCATIでした。


2008年
リーマンショックが起きたのがこの年でした。
これによってバイク界だけでなく、四つ輪の世界でもモータースポーツから撤退する日本メーカーが続出

一方で絶滅していたクォータースポーツの世界に
KAWASAKIがニンジャ250Rを投入
ninja250r.jpg

このマシンの登場は画期的だったようです。

個人的には、このハンドルの高さとか装備に少々ガッカリしましたが、あの当時のようなマシンはもはや登場することはできないのでしょう。
これが時代の流れというものですね。



2009年
民主党政権発足

この年、250ccクラスで青山博一がチャンピオンとなった。
aoyama.jpg


2010年
Moto2クラスにおいて250ccの2stが廃止され、600ccになった。

2011年
東日本大震災

この年にHONDAのCBR250が登場。
Kawasakiのニンジャ250の様子を伺ってか、翌年のMoto3を見越してなのかはわかりませんが、クォータースポーツらしきマシンです。
Honda-CBR-250-R.jpg

しかし、CBRの面影などまるでなく、しかもコストを気にしてか、Moto3を意識してか単気筒。
走るわけないじゃんと思ってしまう。

ニンジャを見てたぶん、HONNDAはどうするかと思ってたらこんなのかよって思いました。
しかし、これも時代の流れでしょう・・・

2012年
Moto3クラスにおいて125ccの2stが廃止され、250ccの単気筒になった。

これで事実上の2サイクルエンジンを搭載したスポーツバイクは終焉を迎えたと思ってます。

2013年

・・F4購入




・・と、まぁこんな感じですかね。
適当に調べて書いたので間違いがあるかもしれません。
あと、画像は適当に画像検索で拾ったものですので、問題があれば連絡下さい。


私のバイク人生も20年が過ぎました。
もう20年先に乗ってるかどうかは分かりませんが、これからまたどうなることでしょうね。

でも、あと10年は乗っていたいと思います。
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寒い・・・・
寒いです。

私は週に1度、約40kmの行程を往復するのですが・・・


寒い!!


本当に寒い。

去年もこんなだったっけって思うくらい寒い。

10℃前後あればどうということはないのですが、5℃を下回ると凄まじく寒いです。


ちなみに私の防寒装備はというと・・・

フルフェイスヘルメット
ネックウォーマー

防寒インナー、トレーナー、ジャケット用インナー、レザージャケット

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防寒グローブ、ヒートグリップ

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デニム

ライディングブーツ

こんな感じです。



でも・・・・


5℃以下で30分も走ると、指先は痛みを超えて痺れ始め・・・

体はガタガタ震えます。


で、なんとなく、寒さがライディングに与える影響を考えてみました。

1 ブレーキ操作が雑になる。
2 アクセルが雑になる。
3 体重移動を怠る。
4 後方確認を怠る。
5 シールドが曇る。
6 疲れる。
7 集中力が落ちる。


うーん・・・・
並べてみると・・・


めっちゃ危ない!!


その他にも、タイヤが暖まるまで時間がかかるとか、路面凍結とか、冬は危険がいっぱいですね。

いやいや。。。気をつけなければ・・・・